治療家を目指すきっかけ
2023年03月31日
第一章 初めての鍼灸院
あれは大学受験を控えた高校三年の夏休みの昼の出来事でした。
私が受験の勉強を自室でしていると、同居している祖母が突然私の部屋に
「胸が痛い」と言い雪崩れ込んできました。苦しみ方が普通ではないと判断した私は「救急車を呼ぶか?」と聞いたところ祖母は「いつも行っている鍼灸院があるからそこに連絡してほしい」という事だったので鍼灸院に連絡しタクシーで向かうことにしました。
1人で歩くこともままならない祖母を診察室まで連れていき、着替えも手伝いました。そして体位変換も自分ではできなかったので、そのまま付き添い、施術の一部始終を見守っていました。これが治療院というものとの最初の出会いでした。そして治療家を志すきっかけになろうとはまだ当時の私は知らなかったのです。
第二章 温故知新
大学受験は何がしたいとか明確なものはなく、周りがするから自分もするくらいなもので、何となく遺跡や風習みたいなものが好きだったので考古学や民俗学を学んでみたいと思っていました。
夏休みということもあり、両親は仕事で日中は不在の為、毎日私が祖母の鍼灸院に付き添いました。10日間くらい毎日通いました。すると祖母は最初は歩くこともままならない状態だったのに自分で歩けるまでに回復していました。実際鍼灸治療というものに懐疑的だった私は、施術の合間に先生から鍼灸治療の事や東洋医学の事を教えてもらった事もあり、感心と関心を覚えた事を記憶しています。そして東洋医学と考古学に『温故知新』の共通項を見出したのでした。
第三章
祖母が通っていた鍼灸院は1回8000円しました。通院を送迎しながら祖母との会話で
「俺が鍼灸師になれば毎日タダでやってあげられるなぁ笑」
と何の気なしに言ったのを覚えています。その時は祖母も「そうねぇ」位の軽いリアクションでした。
しかし数日後、祖母の友人に会った際「あんた鍼灸師になるんだってなぁ?おばあちゃんすごい喜んでたよ」と言われてびっくりしました。何の気なしに言っただけなのに祖母は本当に期待していたのかもしれません。
第四章 決意の日
もちろん当時通っていた鍼灸院の先生にも祖母は「孫が鍼灸師になって治療してくれる」と言いふらしていました。そんな時その先生から新しく鍼灸学校が出来るから見学だけでも行ってみたらどうかと言われました。偶然は重なるものでその夏、母が登山の際に足首を骨折してしまいました。その時入院していた病院の近くにその新しく鍼灸学校がありました。お見舞いついでに学校見学に行ってきました。実際はこの時、内心この道に進むことを決めていたのかもしれません。なんとなくで大学に進学するよりも鍼灸師になって祖母が喜んでくれるなら。一人でも喜んでくれる人がいるなら人生かけてみても良いかもしれないと。
第五章
入学して1年が経ち、順調に日中は学校、夕方は接骨院で働きながら研修させていただく日々でした。 そんなある日「お宅のおばあちゃんが家の前の道路でうずくまっている。この番号にかけてくれというから電話している」冬の早朝、突然の連絡でした。私と母で着の身着のまま家を飛び出しました。連絡をいただいたお宅の前に着くと道路の隅っこでうずくまっている祖母がいました。どうやらまた胸が痛いらしい。
すぐに119番しました。救急車が到着して病院に向かいます。初めて救急車に同乗しました。病院までの道中、進路を譲ってくれる車を車内から見て、世の中まだまだ捨てたもんじゃないと感動したのを覚えています。連絡をくださった近所の方も含めて皆さんの優しさに救われました。
第六章 心筋梗塞
病院につき至急検査をすると、心筋梗塞だということが分かりました。しかも二回目だということも判明しました。なので心臓の3分の1しか機能していないというのです。どうやら私が高校三年生の夏の胸の痛みが一回目の心筋梗塞だったのではないかと先生がおっしゃっていました。その後手術を受けて退院できたものの、心臓の働きが低下しているので少し動くだけで息が上がり、トイレに行くのもままならない状況でした。なので家に帰ってきてからはベッドの上での生活を余儀なくされたのです。私がお灸の練習をしていると興味津々であまりに近くで見るものだから糸ほどに細く捻ったお灸が鼻息で飛ばされるなんて出来事もありました。やれることの制限がかかっていたものの元気に生活は出来ていました。
第七章 別れ
専門学校三年生の夏に祖母は息を引き取りました。結局祖母に鍼灸師になって治療をしてあげることは出来ませんでした。私は「祖母に鍼治療をする」事を目標にしてたので、目標を失い学校をやめること、この道を進むことも断念しようと思いました。しかし学校の先生や両親の励ましもあり無事卒業し資格も得ることは出来ました。でもやはり心の穴は塞がらず、この仕事をしようとは思わず卒業後はフリーターをしながらダラダラと生活していました。ですがまたご縁があり学校の先生の紹介で接骨院の先生を紹介されました。そこでお世話になることになり、施術を通して患者様と接しているうちにやりがいと使命を感じられるようになりました。
最後に
結果として私はこの道に進んで本当に良かったと思っています。良き師と巡り合い最高のスタッフに恵まれ、患者様に支えられてここまで来る事が出来ました。これからは皆様に恩返しするつもりで施術に邁進し、そして天国にいる祖母に治療家としての自分の姿が届けばと思っています。







